終末期医療に関する指針について

終末期における治療の開始・不開始・変更及び中止等の医療のあり方の問題は、従来から医療の現場の最も重要な課題の1つとなっている。当院においても、こうした問題については、病院理念、患者様の権利、医療従事者の倫理綱領、チーム医療を基本にして丁寧に対応してきた。このたび、臨床における倫理問題の重要性が社会的にも高まってきたことをかんがみて、日本医師会第Ⅹ次生命倫理懇談会の提示案を準用し、当院の「終末期医療に関する指針」と定める。

  1. 患者が終末期の状態であることの評価は、医師を中心とする複数の専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチーム注1)によって行う。 
  2. 終末期とは、治療効果が期待できず予測される死への対応が必要になった期間を言う。 
  3. 終末期の評価は、前期〔生命予後数ヶ月〕、中期〔数週間〕、後期〔数日〕、死亡直前期などに具体的に評価され、多職種と家族に共有され、適切なケア計画に生かされること。 
  4. 終末期における治療の開始・不開始・変更及び中止等は、患者の意思決定を基本とし医学的な妥当性と適切性を基に医療・ケアチームによって慎重に判断する。 
  5. 可能な限り疼痛やその他の不快な症状を緩和し、患者・家族等注2)の精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療及びケアを行う。 
  6. 積極的安楽死や自殺幇助等の行為は行わない。

終末期における治療の開始・不開始・変更及び中止等、特に中止に際してはその行為が患者の死亡に結びつく場合がある。従って、医師は終末期医療の方針決定を行う際に、特に慎重でなければならない。よって、その手続きを以下のように定める。

終末期における治療の開始・不開始・変更及び中止等に際しての基本的な手続き

  1. 患者の意思が確認できる場合には、インフォームド・コンセントに基づく患者の意思を基本とし、医療・ケアチームによって決定する。その際、医師は押し付けにならないように配慮しながら患者と十分な話し合いをした後に、その内容を文書にまとめる。 
    上記の場合は、時間の経過、病状の変化、医学的評価の変更に応じて、その都度説明し患者の意思の再確認を行う。また、患者が拒まない限り、決定内容を家族等に知らせる。なお、救急時における医療の開始は原則として生命の尊厳を基本とした主治医の裁量にまかせるべきである。

  2. 患者の意思の確認が不可能な状況下にあっても「患者自身の事前の意思表示書注3)(以下、「意思表示書」という。)」がある場合には、家族等に意思表示書がなお有効なことを確認してから医療・ケアチームが判断する。また、意思表示書はないが、家族等の話などから患者の意思が推定できる場合には、原則としてその推定意思を尊重した治療方針をとることとする。なお、その場合にも家族等の承諾を得る。患者の意思が推定できない場合には、原則として家族等の判断を参考にして、患者にとって最善の治療方針をとることとする。 
    家族等との連絡が取れない場合、または家族等が判断を示さない場合、家族等の中で意見がまとまらない場合などに際しては、医療・ケアチームで判断し、原則として家族等の了承を得ることとする。 
    上記のいずれの場合でも家族等による確認、承諾、了承は文書によらなければならない。

  3. 上記1.及び2.の場合において、医療・ケアチームの中で医療内容の決定が困難な場合、あるいは患者と医療従事者との話し合いの中で、妥当で適切な医療内容についての合意が得られない場合などに際しては、複数の専門職からなる委員会を別途設置し(当院の場合は、病院倫理委員会および法人倫理委員会がその任を担う)その委員会が治療方針等についての検討・助言を行う。

以上、終末期における治療の開始・不開始・変更及び中止等に関しその手続きについて述べた。 
終末期の患者が延命措置を拒否した場合、または患者の意思が確認できない状況下で患者の家族等が延命措置を拒否した場合には、このガイドラインに沿って延命措置を取りやめた行為について、民事上及び刑事上の責任が問われないような体制を整える必要がある。

  • 注1) 医療・ケアチームは原則として主治医、主治医以外の1名以上の医師、看護師、ソーシャルワーカーなどの医療従事者から構成される。 
    在宅医療に際しては、在宅療養に従事する医師の判断を支援するシステム(例えば委員会の設置等)を地域の医師会で構築する必要がある。その際、支援する地域の医師会の委員会は内規を定めるとともに会議の議事録を保管する。 
  • 注2) 家族等とは、法的な意味での親族だけでなく、患者が信頼を寄せている人を含む。なお、終末期を想定して患者にあらかじめ代理人を指定してもらっておくことが望ましい。 
  • 注3) 患者自身の事前の意思表示書とは、患者があらかじめ自身の終末期医療に関して指示している書面のことをいう。

2009年5月11日汐田総合病院倫理委員会起案
5月22日汐田総合病院管理会議確認
6月5日医局会議提案
7月21日倫理委員会確認
7月24日管理会議決定

汐田総合病院

「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」

2021年10月1日策定
倫理委員会・病院管理会議

終末期における治療の開始・不開始・変更及び中止の医療のあり方の問題は、従来から医療の現場の最も重要な課題の一つとなっている。当院もこうした問題については、病院理念、患者の権利、医療従事者の倫理綱領、チーム医療を基本として丁寧に対応してきた。2015年には厚生労働省において『終末期医療』は『人生の最終段階における医療』へと名称が変更され、終末期のガイドラインは『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』と改訂が行われた。このガイドラインには、近年の高齢多死社会の進行に伴う在宅や施設における看取りの需要増大を背景に地域包括ケアシステムの構築や医療・介護における普及を目的として、アドバンスケアプランニング(ACP)の概念も盛り込まれた。この改定を参考に当院におけるガイドラインも見直しをすることとした。

*アドバンスケアプランニング(ACP:人生の最終段階の医療・ケアについて本人や家族が医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス)

1.いつ話を始めるのか

  • a) 終末期(『人生の最終段階』)の定義
    治療に関わらず、あるいは積極的な治療の適応がなく、近い将来に死が避けられない状態のときを言う。 
    近い将来の時間的幅については問わないが、予後予測のツール*1)をある程度参考にすることも推奨する。『人生の最終段階』の判断は医学的に医師が主体となって行うが、カンファレンスで看護師やソーシャルワーカー、介護職、セラピスト等、ケアチームの意見も踏まえて決定していく。
  • b) 終末期ケアを考えるきっかけ
    終末期への移行をある1点で決めるのは不可能である。患者、家族、医療者が、患者のニーズや病状の変化を認識し、評価し、今後のケアについて話し合い計画を立てるというステップを繰り返しながら、最終的な生命の終わりを迎えることに留意する。その際、病状による身体機能の軌跡を理解しておくことは重要である。がんがある、臓器不全の合併があるなど、必ずしもパターンに当てはまるとは限らないが、患者がこの軌跡上のどのあたりに位置しているかを共有することは、その後のケアの方針を立てるうえで有用である。具体的には以下を参照する。
    ①全身状態の変化
    ・入院を繰り返す
    ・急性増悪からの回復が困難
    ・経口摂取が困難
    ・ADLの低下
    ②社会・心理的変化
    ・社会的交流の減少
    ・趣味や外出、関心や興味が減弱する
    ③「患者さんが1年以内に亡くなるとすれば驚きますか?」(サプライズクエスチョンへの反応)
    ④ 比較的元気なうちに話し合っておくことが大切である。(ACPの概念)

【DNARとACPの概念図】

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2.治療とケアのゴールを話し合う(インフォームド・コンセント)

  • a) 病状認識を確かめる
    ①医師の説明は、患者本人や家族等の理解度を確認しながら丁寧に行い、記録に残しておく。
    ②病状をストレートに伝えるのではなく、家族や仕事の話、患者本人の興味のある話をして、今の心配事や気にかかることに話を進めていく。
  • b) 意思決定能力とその判断
    意思決定能力を構成要素
    ① 意思決定に関連する重要な情報を理解する能力
    ⇒説明された内容、それらの利益・不利益(副作用)などを理解しているか
    ② 選択肢を比較検討する能力
    ③ 何らかの選択を表明する能力
    ④ 意思決定によって起こり得る結果を認識する能力
    *意思決定能力は単に認知症や精神疾患があるなど、病名のみで決めないようにする。
    *各要素が著しく欠如している場合、患者の思考に論理性がなく、患者にとって不利益が明らかな場合は
    本人の意思の推定や最善の方法に関する検討を家族等の代理決定者と共に行った方がよい。
    意思決定能力の評価
    ①インフォームドコンセントが成立している
    ②意思決定を行うための支援がある
    ③患者の意向を尊重した合意形成のプロセスがある
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  • c) 患者と家族の意向が異なるとき
    【対応の原則】
    ①家族の訴えを傾聴し共感する
    ②性急な意思決定をしない
    ③患者と家族の意見を別々に聞く機会を持つ
    ④患者の病状認識、大切にしたいこと、価値観を尋ねる
    ⑤家族の病状認識、今後の治療・ケアへの希望、価値観を尋ねる
  • d) 大切にしていること、したいこと
    過去:事前の意思表示はあるか
    ⇒これまでの人生、生活、考え方、大切にしてきたことなどを聞き、患者の意思を推定する。
    現在:情報収集、何気ない言動から、患者の現在の意思を推定する。
    ⇒気がかりなことは何か?今、気になっていることはあるか?
    未来:何らかの意思決定により得られる患者にとっての最善の利益とは何か。
    ⇒これからどのように過ごしたいか。
    ⇒家族等に伝えておきたいことはあるか。
    (会っておきたい人、食べたいもの、行きたい所、葬儀、お墓、財産)
    ⇒代わりに意思決定をしてくれる人は誰か。
    (代理意思決定者は、患者本人の希望や価値観を理解している人が望ましい)
    ⇒意思決定の話合いのプロセスに参加して欲しい人は誰か。
    *本人だけでなく、家族も一緒になって、終末期に至る前から考える習慣をつける。
    *『人生の最終段階』の思い出作りは、押しつけや作り手側の自己満足に陥ってないか注意する。
    *療養や看取りの場所についての希望を聞いておく。
    *可能な限り疼痛やその他の不快な症状を緩和し、患者・家族等の精神的・社会的な援助を含めた総合的な医療及びケアを行う。
    *積極的安楽死や自殺幇助等の行為は行わない。
  • e) 話し合いの進め方
    ①意思決定に際しては、適切な情報の提供と説明がなされている(インフォームドコンセント)ことが前提である。
    ②患者本人の意思を確認できる場合には、患者の意思を基本とし、医療・ケアチームによって決定する。その際、医師は押しつけにならないように配慮しながら、患者と十分な話し合いをした後にその内容を文章にまとめておく。また、患者が拒まない限り、決定内容を家族等へ伝える。
    ③ 患者本人のこれまでの人生観や価値観、どのような生き方を望むのかを含め、できる限り患者本人の意思を尊重し確認していく。患者本人の意思決定を基本とするが、患者が選択した方法が必ずしも最善でない場合もあるので、丁寧に病状を説明し、患者の理解度を確認しながら、話し合いを進めていく。
    ④ 患者本人の意思を伝えられる代理意思決定者を可能であれば前もって定めておくことが望ましい。
    ⑤ 代理意思決定者がいないとき、あるいは医療従事者に委ねるときは、多職種で構成された医療・ケアチームで話し合いを行い、患者にとって最善と思われる選択をしていく。医療者の価値観で物事を進めていかないように注意し、何度も話し合いのプロセスを踏んでいくこと。
    ⑥ 患者本人や家族等、あるいは両者は多職種(医療・介護職)によるチームと十分な話し合いを繰り返し行うことが重要である。揺らぎや迷いがあって当然であり、話し合う過程で変化していくことを理解する。
    ⑦ 医療・ケアチームとの話し合いで方針決定が困難な場合は、倫理カンファレンスで検討、助言を行う。
    (倫理カンファレンスは、主治医以外の他科の医師や研修医、看護師、ソーシャルワーカー、セラピスト等の医療従事者と患者の人となりを知る外部のスタッフ(ケアマネージャーや行政の担当者等)で行うことが望ましい。

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【参考文献】
『人生の最終段階における医療・ケアの決定に関するガイドライン』 
厚生労働省 平成30年3月 改訂版

『人生の最終段階における医療・ケアの決定に関するガイドライン』  
人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会 平成30年3月 改訂版

*1)『予後予測ツール』
PaPスコア(Palliative Prognosis Score)予後予測:月単位
PPIスコア(Palliative Prognostic Index)予後予測:週単位